インドネシアにおける合板産業の成立および再編に関する研究

荒谷 明日兒


 インドネシア経済は1970年代後半以降大きな成長を遂げた。この中で合板産業は、輸入代替産業から輸出指向産業に変身することによって発展し、産業順位で見ると、1975年の34位から88年に3位に躍進した。
 本論文はこのように短期間に成長を遂げたインドネシアの合板産業の発展の軌跡を明らかにするとともに、これを可能にした産業構造について解明した。このため、次の4点から検討を行った。
 一つは、インドネシアの合板産業の成長・再編の軌跡を森林資源ナショナリズムの動きおよびインドネシアの木材加工工業政策との関連で明らかにすること、二つ目は何が成功の要因であったか。東南アジアの木材産出国が多かれ少なかれ木材工業化を考えていた中でそれが成功したのは何が要因か。三つ目はその担い手が誰であったのか。インドネシアの工業部門において主要な役割を果たしている華人資本の実態解明である。四つ目は南洋材丸太の輸入国・日本への影響を、輸出市場政策との関連性から明らかにした。
 第1章では以上のような研究の背景と課題を明らかにし、続く第2、3章は合板産業の育成政策の登場と本格化する産業政策について分析した。インドネシアの森林開発は1967年の外国投資法、林業基本法、1968年の国内投資法の制定によって本格化し、前二者は外国企業の参入をもたらした。企業は政府からコンセッションを得るに際して木材加工工場の建設を義務づけられていたが、実行したケースは少なく、丸太のままで輸出していた。このような状況は政府の外資導入政策への批判を招き、折りからの資源ナショナリズムの高揚は、外国資本による森林開発を規制するとともに、国内における木材加工工業化を押し進めることになった。1979年から始まる「新林業政策」、1981年の「合板を中心とする総合木材工業の推進、森林開発および丸太輸出に関する規定」は、伐採権保有者に工場の建設と丸太輸出を具体的な形で、否応なく連結させたことによって、その実現を促した。当初、インドネシアの合板産業は輸入代替産業であったが、1981年を境に輸出中心に変化し、輸出指向産業へと変化した。
 インドネシア合板産業のこの拡大期は、世界経済の後退時期でもあって、供給過剰からくる不況に陥った。ここで活躍するのがAPKINDO(インドネシア合板協会)の輸出カルテル的な動きである。石油、天然ガスの輸出収入の減少によって、非石油・天然ガス部門の輸出の中で合板が外貨獲得産業として期待され、APKINDOは従来の民間団体色の濃いものから国策団体色の濃いものに変質し、輸出市場をコントロールするようになった。第4章は世界経済の回復、ルピアの切り下げ、新市場向け輸出奨励金制度の導入によって、インドネシア合板産業が飛躍的に発展を遂げる過程を分析した。
 第5章は合板工業化を可能にさせた要因の一つ、担い手の解明に当てている。インドネシアにおいて大手企業は複数業種を手がけるコングロムラットと呼ばれる企業グループに属し上位企業への生産の集中が進んでいること、この上位企業グループの総帥は華人が占めていること、である。合板企業グループは15グループ、傘下に54企業を収め、生産能力で58%を占めており、また13グループの総帥が華人である。
 第6章は同じ南洋材の産出国でありながらマレーシアが木材工業化からなぜ取り残されたかを解明し、インドネシアの先進性について比較検討した。その要因として華人資本を規制するマレーシアの政策(ブミプトラ政策)にあるとする。ブミプトラ政策はマレー人優遇政策と言われ、森林伐採、製材工場の設立、木材輸出などライセンスを必要とする業種についてはブミプトラだけに交付するというもので、1975年の工業調整法は華人企業の既得権をも奪うものであった。このため華人企業は国内における投資を回避し、海外投資に走った。これが工業化の遅れを生起させたのである。そして、この政策が規制緩和された1980年代末からは一転して木材工業化に転ずる。
 第7章はインドネシア合板工業化の日本への影響を、第8章ではインドネシア合板産業の新しい動きを取り上げた。インドネシアの日本市場をターゲットにした1985年の新市場向け輸出奨励制度、1987年の新市場向け輸出義務制度の導入は功を奏し、対日合板輸出は急増し、市場に定着した。しかし、天然資源の枯渇と1990年代に入ってからの持続可能な森林経営に向けての動きは、合板産業のさらなる発展の制約要因になろうとしている。合板生産を軸にした木材工業化は、原料の質を問わないパーティクルボードやファイバーボードの生産への移行が、いま始まりつつある、と分析した。第9章はまとめに当てている。

 参考文献 
荒谷明日兒 『インドネシア合板産業─その発展と世界パネル産業の今後』1998年3月 日本林業調査会刊


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